僕はジョジョのブチャラティの自己犠牲の精神にひどく共感した【杉田俊介さんのジョジョ論より】

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こんにちは。hagebeatsです。

誰もが人生の矛盾の前に言葉を失ったことがあるだろう。僕だってそうだ。なんでハゲたんだ?ストレスでハゲたとかプロフィールには書いてあるものの、本当のところ原因はわからない。遺伝だったらなお、ハゲる運命だったとしか言いようがない。

なんで僕は生まれてきたんだ。

高校生でハゲていじめられた人やハゲて特に何ののぞみもなくゆっくりを死を待っている者、自殺をしようと考えている人、たくさんの人から僕の運営しているyoutubeチャンネルにコメントが寄せられたが、その人たちは一度は考えたことがあるだろう。俺が何か悪いことをしたっていうのか?と。

なんで僕は生まれてきたんだ?という問いは、そもそも生を宿した時点でパラドックスを含んでいるので、考えても仕方がない。多くの宗教概念にその答えはあるのかもしれないが、少なくとも僕のブログを読んでいる人たちはそういった答えを求めている人ではないだろう。

ジョジョの第5部黄金の風に出てくるブチャラティもまたそういったパラドックスに苛まれた一人だ。今回は、杉田俊介さんのジョジョ論を引用しながら、自分自身の人生を振り返り、考察したい。

ブチャラティの幼少期

ここで本文を引用しながら、ブチャラティの紹介をしよう。

ブチャラティが7歳の頃、突然、両親が離婚する

発育において最も大事な幼少期にして両親の離婚を経験したブチャラティ。父親はブチャラティが母親側につくと思っていたが、結果は父親側に。ブチャラティは本能的に知っていた。父親のような真面目な人間の方が脆いと。7歳にして自己犠牲の精神に則った判断をしたブチャラティ。

父親はブチャラティをせめて学校に通わせてやりたいと考え、本業の漁師のほかにも、釣り人たちを船で漁場へ運ぶ仕事なども始めていた。しかし、息子を思うこの父親の愛情が、逆に不幸な結果を招き寄せる。

たまたま船場で麻薬取引をしている現場を目撃しちゃったので、そこで拳銃でうたれてしまうんですよ。一命はとりとめたものの、口封じのために父の命を狙うギャングたち。そのギャングたちをブチャラティが殺してしまうんですよ。で、ギャングを殺してしまったことで、今度はブチャラティが標的となってしまうため、ブチャラティがギャングになるという経緯なんですよね。

どれも自分の意志で正しい選択する余地がなかったと言えないでしょうか?矛盾にはらんでいる。でも、選択をせざるを得ない状況の中で、自己を犠牲にしながらなんとか生きていく選択をとっていたというのが正しい表現でしょう。決して、自分のありたかった姿ではなかったはず。

愛着と自己欺瞞

僕も自分でも気づかないうちに自分に嘘をつき続けていた人生だった。

僕は人とコミュニケーションをするのが得意だし、そうやっていきていくんだと。ところが、僕の潜在能力はそこではなかった。幼少期から妄想にふけっていたし、大した賞ではないかもしれないけど、市の展示会で必ず硬筆で賞をとっていた。また、あるときは将棋に熱中し、東北地方でベスト16に選ばれたこともある。熱しやすく冷めやすい性格であるがゆえに突出した結果であるとはほど遠いが、結果は出ていた。

ルームメイトにこう聞かれた

俺?CEOだよ。社員いないけど
なんで奨励会に入ってプロ棋士とか目指さなかったの?

こう質問するのも無理ない。なにせ、小学校の昼休みに将棋をひたすら打っていただけの子供が、将棋クラブと言って習い事として真剣に将棋をやって、奨励会というプロ棋士養成所に入ることを夢みて日夜駒を打ち続けている小学生たちに勝ってしまったのだから。

僕はこう答えた。

hagebeats
親はスポーツやらせたがっていたから。将棋をそこまでやろうとは思わなかった。

ひどく僕は承認欲求が強い。理由は幼少期の愛着が足りなかったからだろう。岡田 尊司さんの「愛着障害子ども時代を引きずる人々」に書いてあるが、幼少期に愛された経験がない人たちは、安全基地を確立することができず、外に冒険することができない。

僕の場合は、親父は年収1500万のスーパー営業マン、母親は更年期障害で1ヶ月に一回は倒れていて、僕の下には5歳下に弟、10歳下に妹がいたので、とても僕が構ってもらえるような環境にはなかった。

次第に僕は親に承認されることは諦め、学校に承認されるように求めた。成績はいつも上位、学級委員や生徒会も毎年やり、学年では優等生という立ち位置になっていた。それでも努力を怠ったことはなかった。ところが、当然のごとく親には認めてもらえない。というか両親ともに仕事と病気でそれどころではない。僕は子供ながらに諦めていた。こんなエピソードがある。

小学校の秋の発表会でのことだ。秋の発表会は合唱とか劇とかを発表する定例行事。学校で優等生立ち位置に立っていた僕は、秋の発表会で大トリの挨拶を全校生徒400人、婦警も含めたら800人近くの前で話すという大役を担っていた。自分が親だったら、そんな子の晴れ舞台絶対に見逃すまいと席の真ん中最前列に陣取り、ビデオカメラを設置していただろう。ところが、当時小学校6年生だった僕は親に大トリであることを伝えなかった。のちにPTAの会議で母親が僕は秋の発表会で大トリをやったことを知り、こう僕に尋ねた

母親
なんで、大トリやるって教えてくれなかったの?

そうすると僕はこう答えたという

hagebeats
どうせお母さん具合悪くて来れないでしょ。

僕は当時こうお母さんに告げたことを覚えていない。ただ、記憶にあるのは母親への思いやりの精神だ。母親に大トリをやると行ったら、這いつくばってでも人が密集した体育館に来るだろう。でも、それは母親の体にとってよくない。母親には無理してほしくないという思いやりが、母親に認めて欲しいという承認欲求に勝った結果、僕は大トリをやることを伝えなかった。

ちなみに、この話は母親から聞いた。母親はこの時強く反省したということを最近になって話してくれた。今、26歳なので15年の歳月が経ったのちのことだ。

そこから自分に嘘をつきつづけた。承認されたいのに他者の欲求を満たしつづけた。じゃなかったら、将棋も心ゆくまでやっていたし、硬筆も習い事として続けていただろう。それを人は利他的だというかもしれないが、自分がその環境で生き続けるための究極的な利己的な行為であった。要するに利他的な振る舞いに見える利己的な行動だ。つまりそれは自分だけの秘密なのだ。自らに嘘をつき、その嘘の中で理想を描いていく。つまり、自己欺瞞なのだ。

最後に

まとまらないレビューで申し訳ない。感情が溢れ出るとはこのことで、自分の体験を鮮明に思い出すほど、ブチャラティには共感した。もっとも、ブチャラティほどの数奇な運命ではないが。

僕は今回この本のほんの一節を紹介したに過ぎない。実に300ページはある本の4、5ページだ。でも、これだけ凝縮されたジョジョという人生賛歌のバイブルを噛み砕いて、僕らに食べやすいように提供してくれる。素晴らしい本である。まだまだ紹介したい節はたくさんあるが、今日のところはこれくらいにしよう。じゃ。


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