映画「グッド・ウィル・ハンティング」を見て幼少期のトラウマを思い出した

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こんにちは!hagebeatsです。

久しぶりに死ぬほど泣きました。

はい。まあ、そんなに映画は詳しくないし、ミーハーですよ。まあ、ですけど、最近Netflixっていう便利なサービスができたので、重い腰を上げずとも、Macbook開けば映画が見れるので、見てます。

はい。幼少期のトラウマ系映画、僕はダメです。本当よく泣いてしまう。ダメなんですよね。本当に。あらすじは、ウィキペディアみてください。

心を閉ざすってどういうことなのか?

で、やっぱり心閉ざすってどういうことなのかっていつも考えてしまう。で、なんで、周りの親友やら、同じトラウマを抱えた人たちは、人想いに助けようとするのか?、答えがわかっていても、僕の興味は湧いてしまうんですよね。

英国王のスピーチを見たときもそうでした。

英国王のスピーチ

英国王のスピーチでも言ってましたけど、心を閉ざすのは恐れなんです。それも無意識に恐れてる。もはや、それは防衛本能なんですよね。わかってる、わかってるさ。だけど、何度見ても、同じトラウマを抱えている僕は、心を閉ざす理由に興味が湧いてしまう。たとえ、同じストーリーだったとしても。心を閉ざすということに、興味が湧くのも本能的に湧いているのかもしれない。

で、僕はというと、幼稚園生の時に、いじめられていたことがトラウマでした。僕のブログに度々登場する練馬在住の起業家が、「お前は亡霊と闘っている」と言われて、気がついたんですけどね。亡霊とはトラウマです。トラウマって結局は、過去のことなんですよね。つきまとっているだけなんですよ。ただ、トラウマを抱えている人たちには、あたかも、今の人生にも関わっているかのごとく、亡霊を意識してしまう。

今回のグッド・ウィル・ハンティングで言えば、継父の存在ですね。

恐れとはなんなのか?

恐れとはなんなのか?英国王のスピーチを見たときも思ったことなので、自分の記事を引用します。

ぼくのブログに度々登場する練馬在住の起業家は、2014年の4月23日にこう言ってくれました。

亡霊とは、幼稚園に通っていたころ、ぼくのことをいじめていた人たちのことです。

ぼくは父親の仕事の関係で転校ばかりしていたので、その人たちとは幼稚園だけの付き合いだったのですが、23歳の今でも鮮明に覚えています。

だから、ぼくは今でも、人から嫌われることをひどく恐れます。

それは、いじめられていた経験があるから、また同じようにいじめられるんじゃないかと妄想してしまうからです。

でもね、ぼくのことをいじめていた人たちは、もうぼくの生活している環境には1ミリも関与していません。

完全に過去です。

もう自分の道を、いま生きていると信じないと、完全に過去にあった亡霊を見てしまうと思うんですよね。

そう、いまの自分の道にはいないはずなのに、何かを恐れて、無鉄砲に逃げ
突っ走る自分を止めるブレーキはいつの日かぶっ壊れてしまっていました。

エンジンブレーキでいつの日か止まると思ったら、エンジンペダルを踏み続ける足は一向に引こうとはしないし、ガソリンは自動的に生成されていくシステム。

車が歩道に突っ込んだり、どこかガードレールにぶつかったりしないと、ぼくは自分で止まることはできないんです。

時に他者を巻き込まんだ大きな事故となります。幸いにも、他者の外傷は軽いものの、みな、一生忘れることのない深い傷を心のなかに負って、ぼくのことを忘れようとはしません。

ちょっとポエムっぽく書いてみました(笑)

でも、なんで完全に過去なのに亡霊と闘ってしまうんでしょうか?

完全に過去なのに亡霊と闘ってしまうのは、家族以外の人から愛される経験に乏しいからだとぼくは思います。

うーん、本当に幼少期に愛される経験があったかなかったかはすごく大事だと思ってます。僕も虐待を受けていたわけではないですが、愛されなかったという記憶がどうしてもつきまとっていて苦労しています。

さいごに

まあ、何回かこんな記事をあげたときに言ってるんですけど、悲劇のヒロインを僕は語りたいわけではなく、僕と同じ想いを抱えた人が、こんな映画を見てみると、より自分への理解が深まるんじゃないかなと思って書いています。おこがましいですけど・・・

まあ、そんな感じでした。以下予告編です。よかったら見てみてください。


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