不格好でもアイデアを形にすることの重要性

帰り道

こんにちは!ハゲてますよー!(@hagetemasu7)

ふと一曲を仕上げて、曲を聴いた友人からコメントをいただく中で思ったことがあるので、言う。
形にするっていうこと自体大変なことなんだと。

アイデアなんて誰もがいいアイデアを持っているけど、いいメロディだってきっと思いついている。誰だって、星野源さんの「恋」ばりのいいメロディを思いついているかもしれない。だけど、これもほとんど多くの人がそうですが、形にできない。いいアイデアを形にできない。

最初はアイデアを言葉にすることから、始めると思います。アイデアを言葉にするのはSNSが発達してやりやすくなったかと思います。でも、それ以外の絵やアニメ、音楽、プログラミング等様々な表現方法が僕らにはあるけれど、自分のアイデアを言葉以外の方法で表せる人は少ない。

なぜかって、時間もお金もすごくかかる。まあ、言葉だって、同じかもしれないけど。だけど、そんなの優先度の話なんじゃないかなと思う。本気で表現したいものなら、本気で時間もお金もかけるはずだと僕は思う。

ただ、それでも最初から完璧なものなんて到底できない。「絶対にやってやる」と心に決めた人たちが次に陥る罠は、自分の思い描くものと現実との乖離。そして、乖離を縮めれば縮めるほど、見えてくる果てしなく高い理想。むしろ遠ざかっていく理想。

僕もそうだった。しかも、無闇にそうだったかもしれない。一曲を仕上げて、みんなを楽しませるなら、より完璧なものを作りたいという想いに駆られていた。だけど、ある時気がついた。人は過程では評価しない。人は結果でしか評価しない。学校や優秀な人を育て上げる企業以外は、過程では評価しない。過程が一般社会で評価されるのは、優れた業績を上げた人たちだけだ。

でも、だからって、じゃあ、どうしたらいいんだ?と。いつになったら形になるんだ?と僕は思った。それで僕はとりあえず期限を設けた。2016年の12月31日までに作ると。

まあ、実際公開は1月の中旬になってしまったが、2016年内にできた。それで家族や友達、会社の人に公開した。みんなの反応はすごくよかった。思った以上によかった。そして、すごく細かく指摘もしてくれた。そこでわかったことが一つあった。

形になっているか、なっていないかを判断するのは僕じゃない。

ずっと僕が形になっているか、なっていないかを判断していた。もちろん、自分の思い描くものを作り上げて、より近づけていくことは重要かもしれない。だけど、聴く人たちにとったら、そんなの関係ない。僕の作った「もの」で判断するのであって、思い描くものを作り上げていく「過程」は関係ない。当たり前だ。

だからこそ、僕がすごく推奨したいことが一つある。

不格好でもアイデアを形にした方がいい。

本当にそう思った。僕が不格好だと思っているかどうかなんて関係ないんだから。仮に自分の思った通り、一般的にも不格好だったとしても、「不格好」だねって指摘されるだけであって、「不格好」かどうかの判断基準が自分に100%にないうちは、間違いなく期限を設けて、さらけ出した方が絶対いい。

そうやってアイデアは形になっていくはずだと僕は一曲を作って思った。

アイデアを形にしていくのは当事者だけじゃない。形になったものを見る、聴く、嗅ぐ、触る、味わう人たちもまた、アイデアを形にする手助けをしているのだから。


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